Simple Colors

毎日をシンプルに生きる

疲れたのだよ

ここ最近、

気力・活力が全くない。

早朝目が覚めた時や仕事から帰宅した時に

ふと

本気ではないけど

 

「死にたいな」と脳裏に浮かんで、

 

死ぬとしても痛いのは嫌だ

死んだ後の後処理を誰かに任せるのは忍びない

 

芸能人で自殺した人たちを思い浮かべ

一体どんな気持ちで死を実行したのだろうなど考えては

結局のところ

「自分で命を絶つ」なんて絶対にしてはいけないことだの回答にたどり着く。

 

五体満足に生きているのに死にたいと思う自分に嫌気がさして

ますます気分は滅入る

 

このままではいけない、

なんでもいい、深刻にならず、考える余裕もないくらい

ぼーっと夢中になれるものと考えて実行に起こしたこと。

 

GUやUniqloのファストファッションショップでとりあえず良いかも的なアイテムをどんどんカートに追加して

YoutubeのGU,Uniqlo着こなしコーデ動画を見て、再度アイテムを吟味する。

 

カート合計額が60,000円くらいになってびっくりして、

色々悩みながら最後は20,000円くらいに収まるように調整する。

 

そんな感じで週末の午後は幸いにも死を考える余裕はなく過ぎていく。

 

そして、

夕飯後お気に入りの韓国ドラマを見始めるのだけど、

1話1時間30分以上の16話とかなるとだんだん字幕をみるのが辛くなってきて、

2話目ぐらいで休憩はいり、気分はなんだかすぐれず

「死にたいな」の呪文がまたも脳裏に浮かび→上記のサイクルが繰り返される。

 

こんなんで私の人生良いのかな?

50代、60代になったら40代のあの頃にもっとこうしておけばよかったと後悔することになるのではないかと焦る自分がいる一方、

更年期なんだから仕方がない。

気分が滅入るのも、体調がすぐれないのも全部更年期。

この時期はただただ自分を甘やかし、時が過ぎるのを静かに待てばいいと言い聞かせる。

 

でも

本当にそれでいいのか不安で仕方がない。

 

コロナが終息してきたと思えば、

戦争やインフレ、悪い円安、ガスの高騰、サプライチェーンの悪化・・・・

とにかくネガティブキーワードしか目に入ってこない。

自分がそういう言葉を積極的に探してしまっているのかも。

 

会社は会社で

後継者が育たずこれから先を不安視する初老の上司の愚痴

実力不足でもお気軽な部下たちの言い分

それぞれの気持ちはわからなくはないけど、

以前の私と違って

他人のことを思いやれる精神状態ではない。

 

とにかく心が疲れていて

とても辛い

 

(を通り越して)

 

死にたい

 

の心境になっているんだな。

 

 

死んだらあの子たちと虹の橋で会えるかもしれない

というのも気持ちを後押しする

早く会いたいな

 

 

Next Step

 

ここ数年は欲が全くなく、

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特別欲しいものも、

やりたいこともない。

 

強いてあげれば、再度自分の相棒となる犬を飼いたいけれど、

人生折り返し地点の年齢に差し掛かっている自分が、

残りどれぐらい生きられるかわからないし、

愛する命を守り抜く自信がないのでなかなか一歩を出せずにいる。

 

ただ、そうやっていても時はどんどん過ぎていき、

あの時せめてこんなことをやっておけばよかったと後悔はしたくないので、

ついに「Citizenship」の申請手続きをしてみた。

今の世の中全てが簡単になっていて、オンラインで申請内容を記載しカードで払うだけで申請ができる。

私の住んでいる地域はやはり混雑しているのか、申請がうまく進んで完了まで19ヶ月らしい。

想像していたより期間が長いけれど、それまでの間に自分がこの地の国民になる気持ちの整理を整えておかねば。

 

そんなことを思ったアラフィフの春。

 

 

 

 

 

脱・怠け者宣言

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怠け者なんだよね、私。

 

いろいろ課すと結局続かなそうなので

これだけは最低やろうよリスト

 

1、トイレットペーパーの芯はなくなる前に替える

めんどくさくて替えない時がたまにあった。

これはいくらなんでも人生終わっちゃうレベルなので

紙がもったいなくてももうすぐ無くなる前に絶対に替えることにした

 

2、ベッドメイキング

めんどくさくてブランケットをめくれたままにしていることがあったけど、これも恥ずかしい習慣なので絶対に朝起きたらすぐベッドメイキングすることにした

 

3、歯の入念なケア

歯ブラシしすぎは逆によくないみたいなので?デンタルフロスやウォーターピックで隅々まで丁寧にケアする

この歳になると肌よりも歯のケアの方が重要

 

 

愛する人とのお別れの時

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学生時代の親友が、6年ほど前から大病と戦っている。

なぜ、病気と「戦う」という表現をするのか?

そこに勝ち負けがあるのはどうなのか?

と、何かの本で読んだことがあるけれど、彼女は確実に戦っている。

 

見つかった時は、いわゆる末期状態だったが、
手術は成功したのかここまでなんとか頑張ってこれた。
全身に転移していても、これ以上の治療は望めないかもしれないと言われても、
彼女は希望を失わない。
1%でも可能性があるなら、その方法を試したいと切に願っている。

なんて、強い人なんだろうと、ただただ尊敬の念しかない。

これまで、
抗がん剤の治療はどれだけ苦しかったことか。
どれだけの痛みと戦ってきたことか。
想像すればするほど、「壮絶」という言葉は決して誇張したものではないと確信する。

 

自分が同じ状況だったら、絶対に途中で諦める。
いや、病気が見つかった時点で、生きる希望も先に進む勇気もなくなるだろう。

 

学生時代を思い起こすと、
シャイであまり人付き合いが得意ではない私を
彼女はいろいろなところへ連れ出してくれた。

社交的な彼女とは正反対の私なので、連れ出された先でも馴染めない感じはあったけれど、彼女は決して私を一人にしたり、居心地悪いようにはせずちゃんとフォローしてくれた。
友達が多い彼女だったが、他の誰よりも二人で過ごす時間をとってくれた。
ちょっとでも私が、「そのアイシャドウ、かわいい、似合っている」と褒めれば、
「そう?嬉しい。じゃあこれあなたも使って。あげる」とすぐに私にくれるのだ。
スキンケアの方法も教えてもらったし、会えない日でも毎日毎日電話をくれて、ドライな日本人の友達と比べるとまさに「親友」ってこーいう関係を言うんだろうなという付き合いだった。

 

大学卒業後、私は就職して社会人になり、彼女は大学院へ進んだ。その頃から、生活スタイルの違いもあり次第に疎遠になっていった。

彼女が卒業し、オーストラリアへ帰ってしまってからも連絡は取れなかった。

当時は今ほど、ネットもEメールも普及していなかったから。

その後、Facebookなどで彼女を探し続けていたけれど見つけられず、
ようやくコンタクトできたのが6年前。
彼女の病気が発覚するほんのちょっと前のこと。

 

ようやく会えたのだから、また再会したかったし、オーストラリアにも行ってみたかった。

 

でも、

もう、

会うことはできないのかもしれない。

 

こうやって遠くにいながら私が願うこと。

 

どうかこれ以上苦しませないでください。
安らかに、幸せに人生の終焉を迎えさせてください。

 

普通は愛する人に長く生きてほしいと願うものだろうけど、
本人がものすごい苦しみの中にいるのに、「長く生かせて」とは到底思えない。
たとえ、本人が生きたいと言っても、そんなにがんばらせてはいけないとさえ思う。

こんな考え方をしてしまう私はおかしいのだろうか?

非道的な考えなのかもしれない。でも、苦しみの中生き続けさせることが幸せとは思えないからなのだ。


いや、もしかして私も、死を宣告された時、

「苦しくてもいい、死にたくない。最後まで頑張る」と思うのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

新しい年 2022年

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2022年にはいって既に1ヶ月。

中国の旧正月も迎えた。

2022年はどんな一年になることか。

楽しくもあり、少し不安もあり、

なんか人生はいつだってそんな感じだな。

 

ワクワクしても一寸先は闇。

 

それならば、不安なんか持たずに、

毎日楽しく、明るく、今を生きる方が良いな。

 

明日のことなんて誰にもわからないし、
ただその瞬間を一生懸命生きる方が良いな。

 

だから、先のことに悩まずに
目の前にあるものを大切に感謝しながらやっていこう。

 

そんなことを思った

2月の夜でした。